山梨学院大学 スポーツ科学部

山梨県のスポーツの歩み

2026年11月2日

渡邊 瑛人

 山梨学院大学スポーツ科学部への着任を機に、十数年ぶりに山梨に戻ってきました。県外でスポーツの研究や部活動の指導に携わってきた私にとって、地元で教育と研究に取り組めることは、大きな喜びです。私はこれまで、バスケットボールを中心にスポーツの歴史を研究してきました。地元に戻ったこの機会に、現在の山梨のスポーツにつながる歩みを振り返ってみたいと思います。まずは県内のスポーツ活動を支えてきた組織の成り立ちに目を向けます。

 山梨県体育協会(現・山梨県スポーツ協会)の創立は、1929年にさかのぼります。戦後の1946年に再発足した後、1948年には、国民体育大会の県内版として第1回山梨県体育祭が開かれました。現在も「山梨県体育祭り」として受け継がれ、市町村対抗を基本に選手が各競技で競い合うこの大会を、各地の体育・スポーツ協会や教育委員会などが支えています。

 大会の開催と並行して、住民の日々の活動を支える指導者の配置も進みました。1957年には文部省(現・文部科学省)が都道府県教育委員会に体育指導委員の設置を促し、山梨県でも同年、約300人が置かれています。体育指導委員は住民への実技指導や助言を担い、その役割は、スポーツ教室や地域行事の運営などに携わる現在のスポーツ推進委員へと受け継がれています。

 子どもたちが地域の仲間と継続して活動する場として、1963年には山梨県スポーツ少年団も発足しました。前年に創設された日本スポーツ少年団の理念に沿い、スポーツを通じた青少年の健全育成を目指す組織です。その活動では、競技の練習に加えて野外活動やレクリエーション、文化活動なども重視され、異なる年齢の仲間や地域の指導者と多様な経験を重ねることを通じて、自主性や自立心を育むことが目指されてきました。山梨では、大会を通じて競技に参加する機会と、地域で日常的にスポーツを続ける仕組みが整えられてきたことがうかがえます。

 地域でスポーツに親しむ機会が広がるなか、全国の舞台で競うクラブも山梨で活動を重ねてきました。その代表的な存在が、サッカーのヴァンフォーレ甲府です。前身の甲府クラブは、1965年、甲府第一高校の卒業生による鶴城クラブに、県内のほかの高校出身者が加わって結成されました。1972年に日本サッカーリーグ2部へ参加し、1995年に現在の名称へ改称、1999年にはJリーグに加盟しました。

 2000年には経営難による存続の危機に直面しました。県民による「ヴァンフォーレ甲府の存続を求める会」が組織され、署名活動などが行われました。翌2001年には経営陣が交代し、広告料収入や会員数、入場者数の確保を目標に経営再建を進めました。2005年には初のJ1昇格を決め、2022年には天皇杯で初優勝を果たしています。

 バスケットボールでは、1968年創設の日立甲府を前身とする山梨クィーンビーズが活動しています。1999年、日立製作所の支援縮小を受けて甲府クィーンビーズへと改称し、地域密着型のチームとして活動を続けてきました。2008年に現在の名称となり、翌2009年には、県民や企業の支援を受けて一般社団法人が設立されました。2025–26シーズンは、Wリーグのフューチャーで17勝7敗の2位となり、プレミアとの入替戦に進出しました。

 ヴァンフォーレ甲府と山梨クィーンビーズの歴史には、地域にチームを残すための取り組みがあります。経営難や企業の支援縮小に直面しても、地域の人々や企業の支援を集め、運営を立て直すことで、全国の舞台で競う活動が受け継がれてきました。

 地域のクラブとともに、競技者や指導者を育てる大学も、山梨のスポーツを支えてきました。山梨学院大学では、1977年には山梨学院スポーツセンターが設立され、レスリング部とスケート部から強化育成が始まりました。翌1978年にラグビー部、1985年に陸上競技部が加わり、1990年代以降はホッケーや柔道、水泳などへと対象が広がりました。陸上競技部は1992年に箱根駅伝で初優勝し、1994年、1995年にも総合優勝を遂げています。センターは大学直轄の組織として、指導者の確保や学生の学業支援にも取り組んできました。

 本学で学んだ選手たちは、オリンピックでも活躍してきました。2000年シドニー大会では、萩原智子選手が競泳女子200m背泳ぎで4位に入りました。2012年ロンドン大会では鈴木聡美選手が銀1個・銅2個のメダルを、2016年リオ大会では江原騎士選手が競泳男子4×200m自由形リレーで銅メダルを獲得しました。東京2020大会では、柔道の濱田尚里選手とレスリングの乙黒拓斗選手が、それぞれ金メダルを獲得しています。2024年パリ大会では、出口クリスタ選手がカナダ代表として柔道女子57kg級で金メダルを獲得しました。

 教育・研究の面では、2016年にスポーツ科学部が開設され、今年、10周年を迎えました。学部では、競技の現場で培われた経験と科学的な知見を結びつけ、スポーツの指導や地域の活動を支える人材の育成に取り組んでいます。また、自治体や企業、スポーツ関連団体などとの連携を通じて、学生が地域で実践的に学ぶ機会も設けています。

 卒業生の競技活動や在学生の学びは、地域のクラブにもつながっています。その一例が、女子サッカーのFCふじざくら山梨です。2018年に創設され、2023年からなでしこリーグ2部に参戦している同クラブは、競技と仕事の双方に取り組む「プレイングワーカー」の育成を掲げ、選手の引退後のキャリアも見据えて活動しています。本学出身の内田朱夏選手は2024年から2シーズン在籍し、2025年に加入した島村美風選手は現在もプレーしています。また、ホームゲームでは、スポーツ科学部の学生による企画ブースも設けられています。卒業生や在学生を通じたこうしたご縁は、本学と地域を結ぶ大切なつながりとなっています。

 これらの歩みをたどると、選手の活躍とともに、競技の場を保ち、次の世代を育ててきた人々の取り組みが見えてきます。現在、山梨県では2032年の国民スポーツ大会・全国パラスポーツ大会に向けた準備が進んでいます。過去の取り組みを知ることは、大会の開催を、地域で競技を続けられる環境づくりや、スポーツを支える人材の育成につなげる手がかりになると思います。

ヴァンフォーレ甲府公式サイト「クラブ創設60/30th特設サイト」HISTORY掲載「1965年 起点の勇士たち」(https://www.ventforet.jp/club/60th/history/?utm_source=chatgpt.com)2026年10月30日閲覧