2026年10月1日
私の恩師であるマイケル・クレイグ氏(オーストラリア・メルボルン、2023年没)が、女子日本代表選手を指導したときのことです。
指導を始めて間もなく、彼は私にこう言いました。
「彼女たちは幼稚園児である」
私は驚いて、「なぜですか?」と尋ねました。すると彼は、「彼女たちは学び方を知らない」と答えました。言われたことを素直に聞き、それを実行することはできる。しかし、それだけでは本当の意味で「学んでいる」とはいえない。プレーの本質を自分自身で考え、理解し、自分のものにすることができていないというのです。
例えば、ある技術を練習したとしても、それを試合のどの場面で、どのように使うのか。相手や状況が変わったときにはどう応用するのか。そうしたことを自分で考え、想像しながら練習することが大切なのです。
この言葉は、今でも私の心に残っています。
私は授業でよく、「スポーツ科学は実学である」と学生たちに話しています。「せっかくスポーツ科学部に入学してきたのだから、授業で学んだことを自分の競技に活かしてください。皆さんは競技者であると同時に、自分自身を一番よく理解しているコーチでもあるのです。知識を得ることは大切です。しかし、知識を得ただけでは競技力は向上しません。学んだことを自分の競技に当てはめ、試してみる。そして、うまくいかなければ、なぜうまくいかなかったのかを考える。もう一度試してみる。その繰り返しの中で、知識は初めて「自分の力」になっていくのだと思います。
競技力が向上していくと、選手に求められる指導者の存在も変わってきます。
私の友人であった図子浩二氏(2016年没)は、論文の中でPMモデルとしてスポーツ・コーチングの型を4つの段階に分けています。
第1ステージは初心者段階で、「指導型(命令スタイル)」。
第2ステージは中級者段階で、「指導・育成型(従順・協調スタイル)」。
第3ステージは中上級者段階で、「育成型(協調スタイル)」。
そして、第4ステージが上級者段階の「パートナーシップ型」です。
競技者として成長するにつれて、コーチから一方的に教えられるのではなく、選手自身の意見や考えが重視されるようになります。そして最終的には、選手とコーチが対等な立場で意見を交わし、互いに協力しながらパフォーマンスの向上を目指していくことになります。
これは、スポーツに限ったことではないのかもしれません。最初は、誰かに教えてもらうことから始まります。しかし、いつまでも教えてもらうだけでは成長できません。やがて自分で考え、自分で判断し、自分で行動することが求められるようになります。大学生として競技を続けるのであれば、大学の授業で学んだ知識を、ぜひクラブ活動や日常生活の中で試してほしいと思います。
「これは自分の競技に使えるのではないか」
「実際に試したらどうなるだろう」
そんな小さな疑問を大切にしてほしいのです。そして、やってみて失敗してください。失敗してもいいのです。
なぜ失敗したのかを考え、工夫し、もう一度挑戦する。その経験こそが、競技者として、そして一人の人間として、自分を育ててくれるのだと思います。
プロ野球の監督として知られる野村克也氏(2020年没)は、「三流無視、二流賞賛、一流非難」と述べています。 私は、この言葉には人が成長していくための大切な考え方が含まれていると思います。三流の選手は、まだ目標を持たず、自分で考える力も十分に身についていない。二流の選手は、周囲から認められるようになってきたものの、まだ自己の確立が十分ではなく、不安定な状態にある。そして一流の選手は、目標が明確で、自分自身を確立しているからこそ、自分に必要な情報を見極めることができる。
では、それぞれが次のステップへ進むためには、何が必要なのでしょうか。
三流の選手は、「どうすれば自分は認めてもらえるのか」を考える。
二流の選手は、周囲から評価されるようになっても決して天狗にならず、さらに努力を重ねる。
一流の選手は、うまくいかないときにも腐ることなく、自分自身を冷静に見つめ、分析する。
つまり、どの段階にいても、「自分自身を見つめ、考え続けること」が成長につながるのではないでしょうか。
スポーツには、勝つことや記録を伸ばすことだけではない価値があります。練習をする。失敗する。悩む。考える。工夫する。そして、もう一度挑戦する。その繰り返しの中で、私たちは自分自身を知り、自分の可能性に気づき、少しずつ「自分」というものを確立していきます。だから私は、スポーツとは「自己の確立を促してくれるツール」でもあると考えています。
現在、スポーツの世界では、「ダブルゴール」や「デュアルキャリア」といった言葉が使われ、競技力の向上だけではないスポーツの価値が語られるようになりました。もちろん、スポーツをどのように捉えるかは、一人ひとり違っていてよいと思います。ただ、私たち体育・スポーツに携わる者には、スポーツを通して得られるものの大きさ、その価値を、次の世代へ伝えていく責任があるのではないでしょうか。
失敗することを恐れない。
失敗したら、そこから学ぶ。
そして、自分で考え、自分で答えを見つけていく。
その積み重ねが、競技者としての成長だけでなく、一人の人間としての成長にもつながっていくのだと思います。私自身も、これまで多くの失敗をしてきました。そして、その失敗の一つひとつから、多くのことを学ばせてもらいました。だからこそ、これからも学生たちには、失敗を恐れず、たくさん挑戦してほしいと思っています。
スポーツから何を学ぶのか。
そして、スポーツで学んだことを、これからの人生にどう活かしていくのか。
その答えを自分自身で探していくことこそ、スポーツを学ぶ意味なのではないでしょうか。