2026年8月1日
近い未来、人類は地球を飛び出し、異なる星を生活の拠点にする日が来るでしょう。一見、SF映画の話に聞こえるかもしれませんが、私たちの祖先が成し遂げた出アフリカの歴史を考えれば、ごく自然な進化の過程です。現在、NASAはアルテミス計画を主導し、月面に生活拠点を築く準備を進めています。さらに、次なる照準は火星へと向けられ、アメリカ、中国、ロシア、インド、UAE、そして日本が、宇宙開発のフロンティアに挑んでいます。
ヒトの身体は様々な環境へ適応する能力を備えていますが、この適応プロセスにおいて、スポーツ科学は大きく貢献してきました。例えば、暑熱環境下では汗をかくことで体温調節を行いますが、適度な運動を続けることは、発汗開始温度の低下や発汗量の増加などの暑熱順化を促します1。また、特にアジアを中心に進行しているデジタル環境などによる近視に対しては2、外遊びの予防効果が提唱されています3。では、これから私たちが向かう宇宙、つまり微小重力環境において、スポーツ科学の知見はどのように貢献できるのでしょうか。
日常的な運動が死亡リスクを低下させることは広く知られていますが4、この健康効果には重力による負荷が不可欠です5。そのため、重力が極端に少ない微小重力環境では、ただ身体を動かすだけでは負荷が足りず、筋肉量や骨量の減少を招いてしまいます6、7。現在、国際宇宙ステーションでは、地球の重力を再現するアプローチとして、バンジーコードのようなもので身体を地面に引き寄せて機械的な負荷を与えるランニングマシンや、AREDという筋力トレーニングマシンを用いた運動を取り入れています。
しかし、地球上ですら、時間がない、面倒くさいという理由で運動をしない方が多いことを考えると8、9、私たちが月面で暮らす際にも、より手軽な運動方法が求められるのは必然です。例えば、関節を動かさずに筋肉を収縮させるアイソメトリック運動は、重力に依存せず筋萎縮や骨量減少を抑えることができる可能性があります。また、専用のベルトなどで手足の血流を適度に制限することで、軽い運動でも局所的に激しい運動をしたときと似た状態を作り出せるかもしれません。このように、スポーツ科学が挑むべき新たなテーマは数多くあります。
ここで、ワイオミング大学のハーロウ博士が行った面白い研究を紹介します。彼らは、宇宙飛行士の筋肉量減少を防ぐヒントを冬眠中のクマに求めました。ヒトは長期間の不活動で著しく筋肉が萎縮しますが、クマは5ー6ヶ月ほどまったく動かずに冬眠しても、筋肉量をほとんど維持したまま春に目覚めます。この謎を解き明かすべく冬眠中のクマの筋肉を調べたところ、筋肉のタンパク質含有量の低下がごくわずかに抑えられていました。実は、老廃物である尿素窒素を腸内でリサイクルしてタンパク質を作り出していたのです10。このように、動物の生態を解明し、ヒトの新たな適応戦略などを考案することも、私たちが宇宙で暮らすために重要なアプローチとなります。
宇宙のような未知なる世界にスポーツ科学が役立つことを期待しつつ、私自身も少しでも貢献できたら嬉しいな、と、「宇宙兄弟」の最終巻を読みながら考えた7月22日の夜でした。
参考文献
- Périard JD et al. (2021) Exercise under heat stress: thermoregulation, hydration, performance implications, and mitigation strategies. Physiol Rev, 101: 1873-1979.
- World Health Organization (2019) World report on vision.
- Xiong S et al. (2017) Time spent in outdoor activities in relation to myopia prevention and control: a meta-analysis and systematic review. Acta Ophthalmol, 95: 551-566.
- Ekelund U et al. (2019) Dose-response associations between accelerometry measured physical activity and sedentary time and all cause mortality: systematic review and harmonised meta-analysis. BMJ, 366: l4570.
- Vernikos J et al. (2010) Space, gravity and the physiology of aging: parallel or convergent disciplines? A mini-review. Gerontology, 56: 157-166.
- Akima H et al. (2000) Effect of short-duration spaceflight on thigh and leg muscle volume. Med Sci Sports Exerc, 32: 1743-1747.
- Tanaka K et al. (2017) Adaptation to microgravity, deconditioning, and countermeasures. J Physiol Sci, 67: 271-281.
- European commission (2022) Sport and physical activity.
- スポーツ庁 (2026) 令和7年度 スポーツの実施状況等に関する世論調査。
- Harlow HJ et al. (2001) Muscle strength in overwintering bears. Nature, 409: 997.