2025年8月1日
2023年に「健康づくりのための身体活動・運動ガイドライン2023」が策定され、2024年から新しい施策である第5次国民健康づくり運動「健康日本21(第3次)」がスタートしました。約10年後にはさらに新しい健康づくりの施策が生まれることかと思いますが、これまでの日本の健康づくりのための身体活動・運動のガイドラインについて、2020年および2024年に健康・体力づくり事業財団が発行している「健康運動指導士養成講習会テキスト(南江堂)」の「第2章 健康づくり施策概論」と、厚生労働省が公開している資料をもとに整理したいと思います。思いがけず長々と超大作になってしまいましたので、お時間のない方は、今現在の施策である第5次国民健康づくり運動の項をご覧いただければ幸いです。
第1次国民健康づくり運動(1978年~1987年)
日本では、1964年の東京オリンピックの後に健康づくりや体力づくりの気運が高まり、健康づくりの施策が始まりました。1978年から開始された第1次国民健康づくり運動では、生涯を通じての健康づくり推進策や、健康づくりの施設や人材の整備、健康づくり啓発普及対策などが講じられました。当時は、病気の一次予防(健康増進、発病予防)よりも二次予防(早期発見、早期治療)に重点を置いた施策であり、身体活動や運動に関するガイドラインはまだ提示されていませんでした。
第2次国民健康づくり運動(1988年~1999年)
第1次国民健康づくり運動の10年後(1988年)、第2次国民健康づくり運動(アクティブ80ヘルスプラン)が始まりました。平均寿命の延長と人口の高齢化、運動不足による体力低下、エネルギーの相対的な過剰摂取、健康づくりへの意識の高まりなどから、健康づくりをめぐる状況が変化し、二次予防の強化に加えて、一次予防により一層重点を置いた施策となりました。第2次国民健康づくり運動を開始した翌年(1989年)に日本で初めて身体活動・運動量に関するガイドラインが厚生省によって策定され、「健康づくりのための運動所要量」と呼ばれました。当時は、健康と身体活動・運動量との関連について十分に解明されているとは言えませんでしたが、スポーツ医学や運動生理学的な根拠に基づいて高血圧、糖尿病、脂質異常症(当時は高脂血症)などの生活習慣病(当時は成人病)を改善する効果のある運動の強度と時間が示されました(表1)。この運動所要量は、フィットネスクラブ等の運動指導者にとっては運動指導を行う際に有用でしたが、近年のようにスマートウォッチで容易に心拍数をモニターできる時代ではなかったため、全ての国民が日常生活の中で実践するにはより分かりやすい言葉で表現する必要がありました。そこで1993年に健康づくりのための運動指針として「生活の中に運動を 歩くことから始めよう 1日30分を目標に」が策定されました(図1)。
表1 健康づくりのための運動所要量:生活習慣病を改善する効果のある運動の強度と時間
年齢階級 | 20歳代 | 30歳代 | 40歳代 | 50歳代 | 60歳代 |
1週間の合計 運動時間 | 180分 | 170分 | 160分 | 150分 | 140分 |
目標心拍数 | 130拍/分 | 125拍/分 | 120拍/分 | 115拍/分 | 110拍/分 |

図1 健康づくりのための運動指針
出典:健康づくりのための運動指針(1993年)厚生省
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002o6tb-att/2r9852000002r118.pdf
第3次国民健康づくり運動「健康日本21」(2000年~2012年)
2000年からは、厚生省は「21世紀の我が国を、全ての国民が健やかで心豊かに生活できる活力ある社会とするためには、従来にも増して、健康を増進し、発病を予防する『一次予防』に重点を置いた対策を強力に推進することにより、壮年期死亡の減少、認知症や寝たきりにならない状態で生活できる期間(健康寿命)の延伸等を図っていく」ために生活習慣病(1996年に成人病から生活習慣病へと呼称が改められました)や、その原因となる生活習慣などの課題について2010年を目処とした具体的な目標値を設定しました。それに伴い、健康日本21では、以下の4つの基本方針が定められました。
① 一次予防の重視
② 健康づくりを支援するための環境を整備
③ 大きな課題となっている生活習慣や生活習慣病について取り組むべき具体的な目標の設定とその成果の評価
④ 多様な実施主体による連携のとれた効果的な身体活動・運動の推進
2005年にはメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)の疾患概念が示され、「~1に運動 2に食事 しっかり禁煙 最後にクスリ~」というキャッチフレーズの下、2006年には、「健康づくりのための運動基準2006・エクササイズガイド」が公表されました。1989年の運動所要量と異なる点は、生活習慣病を予防する観点を重視して、身体活動量・運動量・全身持久力の基準値を示した点です。特に、健康増進や体力向上などのために行われる運動だけではなく、家事や就労、移動に伴う活動(生活活動)も含めた身体活動量の基準を定めた点が重要です。
健康づくりのための身体活動量の基準値としては、3メッツ以上の強度の活動を23メッツ・時/週、運動量の基準値として3メッツ以上の強度の活動を4メッツ・時/週が定められました。ここで、メッツ(Metabolic Equivalents:METs)は、安静時の体重1kg、1分あたりの酸素摂取量(3.5 ml/kg/分)に対して、活動している時の酸素摂取量が何倍になるかで運動強度を表しています(例:安静時は1 MET、分速約80 mでの平地歩行は3.5 METs)。「メッツ・時」という単位は、運動強度×時間であり、分速約80 mでの平地歩行を1時間すると、3.5メッツ・時となります。したがって、23メッツ・時/週では、強度が3メッツ以上の活動で1日あたり約60分×7日間を意味し、歩行であれば1日あたり8,000~10,000歩×7日間に相当します。これらは運動指導者向けの運動指針ですが、運動生理学的な背景を説明せずに1週間に23「メッツ・時」の活動が必要であることを一人ひとりの国民が理解することは難しいので、具体的な表現で示したエクササイズガイドも示されました。「メッツ・時」を「エクササイズ」という表現に変えて「週23エクササイズの活発な身体活動(運動・生活活動)!そのうち4エクササイズは活発な運動を!」、「いつでも、どこでも、楽しく歩こう1日1万歩!自分にあった運動でいい汗かこう、週合計60分」と定められました。また1エクササイズの目安の強度や時間もあわせて示されました。
しかしながら2011年の最終評価では、当初に設定した目標値59項目中、目標値に達成したものはわずか10項目でした。目標値に達していないものの改善傾向にある25項目を合わせると、約6割が改善していることが認められましたが、23項目(約4割)は悪化しており、身体活動・運動に関する目標である「日常生活における歩数」は減少する結果となりました。
第4次国民健康づくり運動「健康日本21(第2次)」(2013年~2023年)
日本の人口の年齢構成は2030年には3人に1人が65歳以上の高齢者となることが予測され、高齢化の進展による医療・介護に関わる負担を軽減するためには、生活習慣病を予防し、社会生活を営むために必要な機能を維持・向上させる健康づくりが重要であると言われる一方で、健康格差の深刻化も懸念されていました。このような現状を踏まえ、健康日本21(第2次)では、以下の5つの基本的方向性が示されました。
① 健康寿命の延伸と健康格差の縮小
② 主要な生活習慣病の発症予防と重症化予防
③ 社会生活を営むために必要な機能の維持および向上
④ 健康を支え、守るための社会環境の整備
⑤ 栄養、食生活、身体活動・運動、休養、飲酒、喫煙および歯・口腔の健康に関する生活習慣および 社会環境の改善
健康日本21(第2次)の開始と同年に新しい身体活動のガイドラインも策定されました。「健康づくりのための身体活動基準2013」および「健康づくりのための身体活動指針(アクティブガイド)」と呼ばれるものです。成人の身体活動量や運動量の基準値は2006年の運動基準からの変更はありませんでしたが、2009年の調査では国民の歩数が生活習慣病予防の観点から推奨される1日の歩数(8,000~10,000歩、23メッツ・時/週に相当)に約1,000歩足りず、また1997年から2009年の約10年で1日の歩数が1,000歩減少していることから、アクティブガイドでは「今よりも約1000歩多く(=約10分長く)歩こう(+10:プラス・テン)」という考え方が示されました。また高齢者に対しては「横になったままや座ったままにならなければどんな動きでもよいので、身体活動を毎日40分行おう」と定められました。また2006年のエクササイズガイドは、運動基準2006と合わせて43ページにも及ぶ長編でしたが、2013年のアクティブガイドでは国民が理解しやすいようにA4用紙両面印刷1枚で収まる内容にまとめられました(図2)。
健康日本21(第2次)の最終評価では、53項目の目標のうち、8項目が目標値達成、20項目が改善傾向、18項目が変化なし、4項目が悪化する結果となりました。そのうち、身体活動・運動に関する項目である「日常生活における歩数の増加」「運動習慣者の割合の増加」は、変化なしという結果でした。

図2 2013年に示されたアクティブガイド
出典:アクティブガイド (2013年)厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002xple-att/2r9852000002xpr1.pdf
第5次国民健康づくり運動「健康日本21(第3次)」(2024年~)
これまでの国民健康づくり運動等の成果により、健康寿命は延伸してきたものの、多くの課題が残されており、全ての国民が健やかで心豊かに生活できる持続可能な社会に向けて、誰一人取り残さない健康づくりの展開と、より実効性のある取り組みの推進を通じて国民の健康増進を総合的に進めるために健康日本21(第3次)がスタートしました。健康日本21(第2次)の課題を受けて、以下の4つの基本的方向性が示されました。
① 健康寿命の延伸と健康格差の縮小
② 個人の行動と健康状態の改善
③ 社会環境の質の向上
④ ライフコースアプローチを踏まえた健康づくり
身体活動・運動に関しては、「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」が2023年秋に示されました。対象世代別に科学的根拠を整理して成人版、高齢者版、こども版の3つのシートにまとめられました。成人版については2006年の運動基準から示されている身体活動量の基準値「歩行または同等以上の強度の身体活動を1日60分以上(3メッツ以上の強度の身体活動を週に23メッツ・時以上、1日およそ8,000歩)」と、運動量の基準値「息が弾み汗をかく程度の運動を週に4メッツ・時以上」の変更はありませんでした。2013年のアクティブガイドで示されたプラス・テン(+10)の妥当性についても改めて確認されました(図3)。
高齢者版については、「歩行または同等以上の強度の身体活動を1日40分以上(3メッツ以上の強度の身体活動を週に15メッツ・時以上、1日およそ6000歩)」が推奨事項とされました。さらに、筋トレ、バランス運動、柔軟運動などを組み合わせた多要素な運動(multi-component exercise:マルチコ運動)を週3日以上行い、特に、筋力トレーニングを週2~3日行うことを推奨しています。
こども版については、先行研究として死亡や疾病発症と身体活動量・運動量との関連を調査した大規模な疫学的研究は見当たらないため、文部科学省の定めた「幼児期運動指針」や、日本スポーツ協会が定めた「アクティブチャイルド60 min」、世界保健機関の「身体活動および座位行動に関するガイドライン(2020年)」を参考に提案されました。こどもの場合、部活動やクラブ活動等のスポーツ活動を通してやりすぎのケースもあるため、こども版は運動習慣の少ないこどもを対象としています。
また、身体活動・運動ガイド2023の国民向けの資料として策定された「アクティブガイド2023」では2013年のアクティブガイド同様「プラス・テン(+10)」に加えて新たに「座りっぱなしをやめること」を推奨するメッセージを押し出した内容となっています(図4~6)。

図3 健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023における推奨事項
出典:健康づくりのための身体活動・運動ガイド 2023(概要)(2023)厚労省
https://www.mhlw.go.jp/content/001204942.pdf

図4 アクティブガイド2023 成人版
出典:アクティブガイド2023 成人版(2023)厚労省
https://www.mhlw.go.jp/content/001361383.pdf

図5 アクティブガイド2023高齢者版
出典:アクティブガイド2023 高齢者版(2023)厚労省
https://www.mhlw.go.jp/content/001361384.pdf

図6 アクティブガイド2023 こども版
出典:アクティブガイド2023 こども版(2023)厚労省
https://www.mhlw.go.jp/content/001361392.pdf
おわりに
健康・体力づくりのための運動指導やスポーツ科学に関する科目を担当している者として、学生がスポーツジム等での運動指導者を目指した際にこのような身体活動・運動のガイドラインを理解し、また卒業後には約10年毎に改定されるガイドラインを自ら探し、対象者の安全で効果的な健康づくりに取り入れられる指導者となれるよう、学生への教育・指導能力の向上に努めたいと思います。