2026年4月1日

2017年度入学生(中央あたりに私がいます。)
春のやわらかな風とともに、新しい年度が始まりました。キャンパスには少し緊張した表情の新入生と、どこか頼もしく見える上級生の姿が交差し、4月ならではの空気が流れています。
日本では多くの学校や企業、官公庁において、4月から新年度が始まります。一方で、世界に目を向けると、新年度の始まりは国によってさまざまです。たとえば、アメリカやイギリスでは多くの学校が9月に新学期を迎え、いわゆる「秋始まり」が一般的です。また、オーストラリアやニュージーランドでは1月から2月にかけて新学年が始まり、カレンダーイヤーに近い形が採られています。さらに、インドやフィリピンでは地域によって異なりますが、6月頃に新学期が始まるケースも見られます。このように、日本の「4月スタート」は国際的に見るとやや特徴的な制度といえるでしょう。
その背景には、日本の近代化の過程と、春という季節が持つ意味が深く関わっています。
現在の「4月から翌年3月まで」という年度は、明治時代に定められました。1886年(明治19年)、政府は会計年度をこの形に統一しています。それ以前は必ずしも全国で統一されていたわけではなく、制度の近代化を進める中で整理されたものの一つでした。
では、それ以前はどうだったのでしょうか。安土桃山時代から江戸時代にかけては、現在のような全国一律の年度という考え方はまだ確立されていませんでした。各大名や幕府がそれぞれ財政を管理しており、年貢の徴収や支出の区切りも、地域や領主ごとに運用されていました。
もっとも、日本はそれ以前から長く農業を基盤とした社会であり、経済の中心には常に米がありました。安土桃山時代には検地が進められ、土地の生産力が把握されるようになり、江戸時代には石高制が確立します。これにより、米の収穫量を基準とした支配や財政の仕組みが、より明確に制度として整えられていきました。こうした流れの中で、秋の収穫から翌春にかけて年貢が納められ、収支が把握されるという農業のサイクルが、実質的な区切りとして機能していたのです。
当時、日本の税収の多くは米によるものでした。米は秋に収穫され、年末から春にかけて税として納められます。そのため、春になる頃には国家の収入の見通しが立ち、4月から新たな予算を組むのが合理的だったのです。さらに、日本は長らく農業中心の社会であり、季節の移り変わりと経済活動が密接に結びついていました。こうした背景も、この年度の区切りを後押ししたといえるでしょう。
この制度は官公庁にとどまらず社会全体へと広がり、企業などもそれに合わせて4月を区切りとするようになりました。人事異動や新規採用のタイミングも徐々に統一され、「4月=新しいスタート」という意識が社会に根付いていきます。現在でも多くの企業で新入社員の入社式が4月に行われるのは、その名残といえるでしょう。
また、学校の新学期が4月に始まるのも、この流れの中で定着しました。江戸時代に学校とされていた私塾や寺子屋は一斉に入学して一斉に進級するという制度自体がありませんでした。明治当初は地域や学校によって始業時期が異なることもありましたが、次第に4月開始へと統一されていきました。これは、明治政府が近代教育制度を整える際、学校運営や予算を国の会計年度と合わせた方が管理しやすいと考えられたためです。
このように、現在では当たり前となっている「4月始まり」の年度ですが、その背景には、古くから続く農業中心の社会構造と、それを制度として整えてきた歴史、そして明治期の近代化政策が重なり合っています。何気ない暦の区切りの中にも、長い歴史の積み重ねが息づいているのです。
そして、日本の4月といえば桜です。満開の桜の下で入学式や始業式が行われ、新しい生活を迎える風景は、日本人にとって特別な意味を持っています。その象徴の一つが、東京・九段北にある靖国神社です。靖国神社の境内には多くの桜が植えられており、春になると淡い桜色に包まれます。ここには東京の桜の開花を観測する「標本木」があり、気象庁はこの木の開花状況を基準に東京の開花を発表しています。数輪の花が咲くと「東京で桜が開花しました」と宣言され、そのニュースが春の訪れを告げます。毎年耳にするこの“開花宣言”は、実は靖国神社の桜によって決まっているのです。

靖国神社と桜の結びつきには、歴史的背景もあります。明治以降、この神社は国のために命を落とした人々を祀る場所として知られるようになりました。春になると多くの人が参拝に訪れ、桜を眺めながら静かに祈りを捧げてきました。桜は古くから「短くも美しく咲き、潔く散る花」として、日本人の精神性を象徴する存在とされてきました。そのため、人生の節目や新たな門出を象徴する花でもあります。
戦前には、兵士が出征する際に桜の花びらを思い浮かべるという表現が、文学や歌にも多く見られました。こうした歴史を背景に、桜は単なる花見の対象ではなく、日本人の記憶や感情と深く結びついた存在となっていったのです。

このように、日本の4月の新年度は単なる制度上の区切りではありません。明治時代に整えられた国家の仕組みや学校制度、そして春に咲く桜という自然のリズムが重なり合って形づくられてきたものです。なかでも靖国神社の桜は、東京の春を告げる存在として、また新年度の始まりを見守る象徴として、多くの人の心に刻まれ続けています。
そして現代。春になると、真新しい制服に身を包んだ学生や、新社会人として歩み始める若者の姿が街にあふれます。満開の桜の下で写真を撮り、新しい生活への期待と少しの不安を胸に歩き出す――その光景は、日本の春の風物詩となっています。
桜が咲くと、人は新たな一歩を踏み出します。4月という季節が日本人にとって「始まりの月」として特別に感じられるのは、こうした歴史と春の風景が、長い年月をかけて重なり合ってきたからなのかもしれません。
最後に、私事ですが今年度より、ISS事務室の若林から特任助手の若林へと役割が変わりました。これまでISS事務室で多くの方々と関わる中で得た経験や学びは、私にとって大きな財産です。そうした積み重ねを大切にしながら、新たな立場で、これまで以上にISSに貢献できるよう努めてまいります。まだまだ至らぬ点も多いかと思いますが、一歩一歩着実に成長していきたいと考えております。今後とも変わらぬご指導とご支援を賜りますよう、よろしくお願いいたします。

大学時代の仲間たち(スポーツ科学部二期生)